ギター工房オデッセイ

Odyssey Guitar Craft

Martin D-41

戻る
東京都にお住まいのY.W.さんからMartin D-41のリペアご依頼をいただき、ネック元起き現象が見られたためネックリセットを含むトータル・リペアを行いました。
最初にY.W.さんから弊工房宛てに頂戴したご相談内容は下記のメール文面でした。

ギター工房オデッセイ 樋口殿

突然のメールで恐縮です。
始めて、ご連絡をさせて頂きます。
ご案内に沿って、メールにて失礼致します。
当方、Y.W.と申します。
以前から、国内に数あるリペア工房の「WEBページ」を閲覧させて頂いておりましたが、
御工房の「リペア工程の写真」や「お客様とのコメント」の数々に触れ、
リペアをお願いするならば、御工房に是非お願いしたいと今回のアプローチとなりました。
以下に、依頼内容を記述しますので、
何卒、宜しくお願い致します。

依頼楽器:Martin D-41 2002年製
現認症状:ほとんど弾かれた形跡の無かったこのギターに出会い、
衝動買いで、我が家に来てから2年が経過しました。
購入当時は、湿気たような曇った音色で全く鳴らないギターでした。
     まずは、自力で出来る事からと、
市販のTUSQ材のサドルを購入し、何本も削っては変えを繰り返したり、
同じく市販のブリッジピンを削ってはめてみたり、
試行錯誤を繰り返して参りました。
しかし、まだナット部分に支障を感じながらも、
素人の範疇では、その交換まで手が出せず、
信頼できる工房に依頼したく、暇を見つけてはネット検索を繰り返していた今日この頃でした。

特に、以下の感覚や症状が拭い切れないままとなっています。
何卒、お力を賜れば幸いです。

     ①全体的に、Martinの音色として良く表される「鈴なり音」とは遠い感じがします。
     ②3弦のナット溝が深すぎて、レギュラーチューニングでもビビります。
      (乾燥具合では収まる時もある。)
     ③6弦が、3フレット以上で詰まった感があり、伸びが有りません。
     ④ネックと本体の取り付け部(サイドから見た中央あたり、ネック側が痩せている?)に
      少し隙間があるようにも見えます。

         どこまで手を施せば良いのか?判断出来ずにこのメールとなっています。
     現物を確認頂き、適切なご処理を願えれば幸いです。
     何卒、宜しくお願い致します。

その後、メールでの連絡交換を行った上で数ヶ月後にギターを受け取った後、リペアを開始しました。
そしてリペア後にギターを受け取られて、とても暖かいメッセージが届きました。

ギター工房 オデッセイ 樋口様

 この度は、愛器のリペア対応本当に有難うございました。
 梱包を解くのももどかしい程の勢いで、早速奏でてみました。
 中音域の伸びと共に響きは、明らかに向上しており、
 全体的なハーモニーのバランスが、
  しっかり取れた素晴らしい仕上がりに感激しております。
 「マーチンらしい音を取り戻したい。」の希望がやっと叶いました。
 ナットの溝切も適切で、(当たり前ですね。失礼!!)
 ローダウンチューニングにも十分応えてくれるようになりました。
 今まで以上に愛着が湧きました。末永く大切に致します。
 また、リペアの全工程の写真も拝見させて頂きました。
 愛情をもって真摯にご対応頂いた事が、手に取るように分かるモノでした。
 感謝申し上げます。
 更に、心のこもったお手紙も頂戴し、改めて感激しております。
 また、ご縁を頂戴する際には、呉々も宜しくお願い致します。

Y.W.さん、早速の暖かいメッセージをいただき、誠にありがとうございました。

リペア前のモコモコとした音色は解消できるのだろうかと不安を感じながらリペアを進めさせていただきましたが、 リペア後にMartinの音色を奏でてくれたときは、私もとても嬉しく思いました。
ネックリセットは弦高調整のみではなく、ギター全体の音色に大きく効果があるんだと言うことをあらためて実感した次第です。
これからもY.W.さんの傍らで末永くMartin D-41が活躍されることを心よりお祈り申し上げます。

この度は弊工房にリペアのご依頼をいただき、本当にありがとうございました。
重ねてお礼を申し上げますとともに、今後とも何卒よろしくお願いいたします。

ネックリセット

ネック取り外し

1.ネックポケットへのアクセスホールを空けるため、15フレットを外します。
2.フレット溝を傷つけないようにハンダゴテで暖めながらゆっくりと抜いていきます。

3.15フレット溝の奥にあるネックポケット(ネックとボディの接合スペース)にドリルで貫通穴を開けます。
4.ラバーヒーターを使ってフィンガーボードを暖めます。

ネックポケットへのアクセスホールを空けている様子です。


5.ヒーターを当て木でクランプします。
6.ヒーターに通電します。フィンガーボードの温度をモニタしながら徐々に温度を上げていきます。

7.そのまま数分間置いた後、ナイフを差し込んでいきます。接着剤が熱で軟化しているのがわかります。
8.15フレット下部分までナイフが入りました。フィンガーボードとボディの取り外しが完了です。次にネックの取り外しを行いましょう。

フィンガーボード分離の様子です。


9.ネックは蒸気ではずします。まず専用のジグを取り付けます。
10.ジグ取り付けが完了しました。

11. 蒸気発生用のエスプレッソメーカーにホースと蒸気注入ジグを取り付けます。
12.15フレットの穴に先端を差し込んで蒸気を発生します。かなりの高温蒸気が発生しますので、ギターと体へのやけどには要注意です。

ネック取り外しの様子です。


13.ダブテイル・ネックジョイントがはずれました。
14.ジグを取り外してジョイント部に残った古い接着剤(ニカワ)をクリーニングしましょう。

別角度から見たネック取り外しの様子です。


15.蒸気の熱と湿り気が残っている間に古い接着剤(ニカワ)を削り落としておきます。
16.ネック側にも接着剤が残っていますので、クリーニングします。

ネックジョイント部をクリーニングしている様子です。


ネック調整

17.ネックヒール部です。マスキングテープを貼り、この部分の微妙な高さを目安に作業を進めていきます。
18.ヒール部分を削っていきます。

19.目標のヒール高が削り出せました。これに合わせてネック接合部を調整加工していきます。
20.ネック接合部を削っていきます。フィンガーボード側(右)は削らず、ヒール部(左)だけに傾斜を持たせるように加工していきます。

21.同様に反対側も切削加工を行います。少しずつ慎重に削っていきます。
22.ヒール先端部はよく研いだノミで削ります。

23.ボディとフィンガーボード接合部をサンディングブロックで平坦にしておきます。
24.ボディ側ネックスロットの外側にマスキングテープを貼ってボディを保護します。

25.ネックとボディの間にサンドペーパーを挟みます。
26.ネックをボディに密着させながらサンドペーパーを抜き取ります。

27.1弦側と6弦側の両方を行います。このとき両サイドの引き抜き回数を覚えておきます。
28.ネック取り付けの直線性を確認します。直線けがき線の入ったアクリル板をネックからブリッジにかけて乗せます。

ネックヒール部を調整している様子です。


29.ナット部分センター位置にケガキ線を合わせます。
30.ブリッジ部分も同様にセンター位置にケガキ線を合わせます。

31.さらにネックとボディの接合部(14フレット)のセンター位置にケガキ線が乗っていることを確認します。
32.ネック接合の準備が完了しました。

ネックとボディの直線性と取り付け角度を確認している様子です。


ネック再接合

33.HideGlue(膠:ニカワ)をフィンガーボード裏とネック接合部に塗っていきます。
34.接着剤が均一になるようにヘラでのばしていきます。

35.ネックとボディを接合します。ゆっくりジョイント部にネックを置きます。
36.クランプと当て木でネックを固定し、あふれ出た接着剤をふき取っていきます。

ネックを再接合している様子です。


別角度からです。


37.マスキングテープをはがします。
38.このまま固着を待ちましょう。

ネックリセット後の様子です。


39.リセット後のネックヒール部です。
40.ネックとボディの密着度はギター全体からの出音の要です。
41.オリジナル・ヒールキャップを当ててみました。
42.ネック取り付け角度を確保するために約1mmヒールを部削りました。

フレット交換

1.フレットを抜いていきましょう。はんだごてでフレットを暖めながらゆっくり抜いていきます。
2.フィンガーボードを傷つけないように最後までゆっくりと抜いていきます。

フレットを抜いている様子です。


3.フレット交換の前にフィンガーボードにあけた穴を元に戻しましょう。穴径にあうようにエボニー片を丸く削ります。
4.ドリル穴にエボニー材を押し込み、フィンガーボードを傷つけないように出た部分をカットします。

5.溝幅に合わせてのこぎりで切れ込みを入れます。
6.穴埋め加工が終わった15フレット溝です。

7.フィンガーボードの平面性を確認します。
8.軽くサンディングします。

9.フレット溝の中のゴミ類を削り出します。このときもフレット溝エッジを傷つけないように注意します。
10.フィンガーボードをクリーニングします。

11.フレットプレスの準備が整いました。
12.フィンガーボードの湾曲度(アール)を計測します。

13.フレットベンダーでフレットにアールをつけていきます。
14.フレットをフィンガーボード幅よりも少し大きめに切り取ります。

15.タングニッパでタング部をカットします。
16.タング部処理を終えたフレット端です。

17.第一のフレットプレス・ジグです。
18.アールにあった先端ビットをジグのプレス部に固定します。

19.ジグをサウンドホールから入れていきます。
20.ハンドルを回してフレットをプレスします。

21.ボディとネックの接合部分付近まで、この要領でプレスを進めていきます。
22.2つ目のジグはこのように固定します。

23.ネジを締めてフレットをプレスしていきます。
24.順にプレスを進めていきます。

25.3つ目のジグで残りのフレットをプレスしていきます。
26.すべてのフレット打ち込みが終わりました。

フレットプレスの様子です。


27.打ち込み終わったフレットの端は飛び出ています。
28.飛び出した部分をカットします。このとき切れ端が行方不明にならないように指先で受けます。

29.カットしたフレット端です。
30.カットしたフレット片は失わないように一カ所にまとめておきます。

31.専用のヤスリを使ってフレット端を整形します。
32.1弦側のフレット端も同じように整形します。

フレット端整形の様子です。


33.整形されたフレット端です。
34.さらにフレット・エンド・ドレッシング・ファイルでバリを取っていきます。

35.引き続いてフレットすりあわせを行いましょう。マスキングテープでフィンガーボードを保護します。
36.ボディもアクリル板でカバーしました。

37.直定規を乗せて、フレット山が凹んでいる箇所にマークを入れます。
38.マークされた部分を中心にフラットファイルでサンディングします。

39.平らになったフレット山を専用のヤスリで丸くしていきます。
40.紙ヤスリ(#400)で粗研磨します。

41.さらにスチールウールで研磨を進めます。
42.最後はコンパウンドで磨き上げます。

43.プロテクタ類を外しましょう。
44.ピカピカのフレットになりました。

ナット交換

1. オリジナルナットです。
2.ナット溝が深いので切削除去を行います。

3.ミニルーターでナットを削り取っていきます。
4.いくつかのフェーズに分けて少しずつ削っていきます。

5.ギリギリまで掘り進みました。
6.残りは割って取り除きます。

ナット取り外しの様子です。


7. ナットを取り外したナット溝です。
8.ナット溝のクリーニングを行います。ナット溝に残った不要物を削り取っていきます。

9.クリーニング完了したナット溝です。ナットが溝と直接触れることによってギターの音色の改善が期待できます。
10.ネック幅に合わせてナットスラブを切り出します。

11.フラットファイルを使ってナットの平面を削り出します。
12.ナット溝にピッタリはまるようになりました。

13.1弦側からもナットの密着を確認します。
14.逆光を利用すると密着度の確認が効率的に行えます。

15.ナットのサイドもこの段階で面取り加工しておきます。
16.目視および指で触ってネック、フィンガーボードと段差のないことを確認しておきます。

17.フレットの高さに合わせてケガキ線を入れます。
18.ナット上部を切り取りました。

19.ヘッド側に放物曲面を削り込んでいきます。
20.ナットらしくなってきました。

21.目標の弦溝位置を読みとります。(1弦と6弦の位置で他の弦の位置が決まります)
22.弦溝位置を新しいナットに書き込みます。

23.弦溝を専用のヤスリで彫り込んでいきます。
24.弦高調整前のナットです。

25.弦を張って弦高調整を行います。2フレットを指で押さえて1フレットと弦の隙間がギリギリに下がるまでナット高を下げます。
26.ストリングリフターで弦を待避させて、ナット溝を徐々に下げていきます。

27.ナット高調整前の弦溝です。
28.弦高調整後のナット弦溝です。

29.他の弦も同じ要領で調整しました。弦高調整後のナットです。
30.ナットと弦の接触面積と角度を最適化することによってギターの音色は大きく変わります。

ピッチ調整~サドル作製

1.サウンドホールにチューナー、サドル位置にイントネーターを取り付けました。
2.すべてのフレットのピッチを確認していきます。ピッチがずれている場合は、イントネーターのサドルピーク位置を調整します。

3.サドル山位置を書き写していきます。
4.サドル溝に合わせてサドルスラブを切り出します。

5.サドルの底はフラットファイルで平面をつけていきます。
6.サドル溝にピッタリはまるように加工できました。

7.サドルの端も溝にピッタリはまっていることを確認します
8.ピッチ調整時に確認したサドル高をサドルに書き込んでいきます。

9.サドル高の切り出しを終えました。
10.サドル高を切り出したサドル上部にピーク位置を書き写します。

11.サドルピーク位置を削りだしていきます。
12.ブリッジピン穴加工を行います。まず、糸鋸で弦の導出口をサドル側へ引き寄せます。

13.さらにミニルーターで弦の導出角度をつけていきます。
14.ブリッジピン穴加工を終えました。

15.サドルを取り付けました。
16.完成したブリッジとサドルです。